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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2744号 判決 1958年10月29日

富士銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)東京乳機株式会社は、請求原因として、控訴人伊藤牛乳協同組合は昭和三十年十一月二十五日東洋酪農機株式会社に宛て金額二十万円の約束手形を振り出したが、右会社はこれを被控訴人に白地式裏書譲渡し、被控訴人はこれを取立委任の目的で石橋重遠に対し通常の白地式裏書により譲渡し、右石橋はこれを満期日に支払場所において呈示してその支払を求めたところ、これを拒絶されたので、被控訴人は同人から右手形の返還を受け、現にこれを所持しているから、右手形金及びこれに対する完済までの法定利息の支払を求めると主張した。

控訴人は、被控訴人主張の事実中手形振出の点は認めたが、本件手形の権利者は石橋重遠であり、被控訴人はその正当な所持人ではない。仮りに被控訴人がその正当な所持人であつたとしても、本件手形は、東洋酪農機株式会社が控訴人から請け負つた加圧式噴霧乾燥装置一式の工事を昭和三十一年二月末日までに完成、引渡し、本件手形金は右引渡完了後に支払う約定のもとに、その請負代金の一部の支払のため振り出されたものであるが、同会社は未だに右引渡義務を履行せず、被控訴人は右事実を知りながら本手形を取得したものであるから、被控訴人の請求は失当であると抗争した。

理由

証拠によれば、昭和三十年十一月中、本件手形の受取人である東洋酪農機株式会社は、本件手形を被控訴会社に、被控訴会社は更に石橋重遠に順次白地式裏書によつてこれを譲渡し、右石橋は昭和三十年十二月二十九日富士銀行に対し取立委任の裏書をし、同銀行は満期に支払場所に本件手形を呈示して支払を求めたけれども拒絶されたので、満期後二取引日内である昭和三十一年三月二日に法定の拒絶証書を作成させたこと、そこで被控訴会社はその直後右石橋重遠から本件手形の返還を受けてその所持人となつたが、自己及び後者の裏書を抹消せず、また石橋から戻裏書を受けていない事実を認めることができる。

ところで控訴人は、前示の如く手形面の記載上被控訴会社から石橋に対する裏書が抹消されず、また右石橋から被控訴会社に対する戻裏書がなされていない以上裏書の連続を欠き、被控訴会社は適法な所持人として本件手形上の権利を行使できないものであると主張するので按ずるに、手形行為の効力は原則として当事者の具体的意思如何にかかわらず行為の外形に従つて解釈されるべきであるから、隠れた取立委任の裏書においても、手形上の権利は通常の譲渡裏書における場合と同様に裏書人から被裏書人に移転し、取立委任の合意は単に当事者間の人的抗弁事由となるに止るものと解すべく、従つて被控訴人が石橋重遠に対してなした前記裏書により本件手形上の権利は被控訴人から右石橋に移転したものと解すべきところ、被控訴人から右石橋に対する裏書が抹消されず最後の裏書として残存する以上、被控訴人は裏書の連続を欠くため、本件手形上の権利につきいわゆる形式的資格あるものということはできないというべきである。しかしながら右にいわゆる資格とは、手形法の下において、所持人が裏書の連続により権利者たる外観を具えるときは、その実質的権利を証明しなくても手形上の権利を行使できると共に、手形債務者もかかる所持人に支払えば真の権利者でなくても免責を受け得るというに外ならないから、手形所持人は、たとえ手形の裏書の連続を欠くため形式的資格を有しなくても、手形上の権利行使が絶対に許されないと解すべきでなく、却つてその実質的権利を証明するときは、その権利行使はもとより適法であつて、手形債務者はその形式的資格を欠くことを理由にこれを拒否することができないものと解すべきである。

これを本件についてみるのに、被控訴人は前説示のとおり本件手形につき裏書の連続を欠くため所持人たる形式的資格を有しないが、本件手形が満期日に呈示されて支払を拒絶されるや、当時の所持人である石橋重遠からその返還を受けて現にこれを所持し、以て実質上の権利者となつたのであるから、本件手形上の権利行使には間然するところはないといわなければならない。

次に控訴人主張の悪意の抗弁について審按するのに、証拠を綜合すれば、本件手形は昭和三十年十一月頃控訴組合と東洋酪農機株式会社との間に締結された加圧式噴霧乾燥装置一式の据付に関する工事請負代金の一部支払として振り出され、右工事完成引渡の時期は昭和三十一年二月頃との見込であつたので、満期を昭和三十一年二月二十九日と定め、右引渡完了後に支払う約であつたところ、右期日を過ぎても右工事は進捗せず、控訴人側において遂に完成引渡を受け得ない実状にあつたことを認めることができるけれども、被控訴人が本件手形を東洋酪農機株式会社から取得した当時、かかる事情を知悉していたとの点については、全証拠を以てしても到底これを肯認し難く、却つて他の証拠によれば、小松崎茂(東洋酪農機株式会社代表者)はさきに被控訴会社に勤務中多額の費消横領の弁償金債務を負担していた関係上、右弁済の一部として本件手形を被控訴会社に裏書譲渡したものであつて、その際右手形は工事代金の支払として受け取つたものであると告げただけで、それ以上本件手形の振出事情や工事進捗の模様など一切話したことなく、被控訴会社側としては勿論被控訴人から裏書譲渡を受けた石橋においても、また同人から本件手形の返還を受けた当時の被控訴人としても全く善意でそれぞれ右手形の譲渡を受けた経緯を窺知することができるから、控訴人主張の悪意の抗弁は理由がない。

尤も前示認定の如く、被控訴人は本件手形の受取人である東洋酪農機株式会社から白地裏書によつてこれを取得し、次いで石橋重遠に白地裏書によつて譲渡し、更に同人から拒絶証書作成後に右手形の返還を受けた関係にあるけれども、被控訴人や石橋重遠が何れも満期前の善意の手形取得者である以上、これらの前者たる東洋酪農機株式会社に対抗し得べき抗弁事由を以て、拒絶証書作成後に右手形の返還を受けて再び本件手形の所持人となつた被控訴人に対抗できないことも亦いうまでもない。

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